Interview 01. 選手としての柳沢敦

「僕は、周りに活かされながら自分が活きていくタイプ」

Q. 今までのサッカー人生の中で、忘れられない試合を教えてください。

インタビューに答える柳沢選手A.代表でいえば、2002年W杯の初戦ですね。ベルギー戦のピッチに入っていく瞬間から、異様な雰囲気の中でできた、というのは心の中に残っています。鹿島でいえば、自分が試合に出だした1996年(鹿島が優勝したシーズン)、1997年1月の横浜フリューゲルスとの天皇杯決勝ですね。すごく充実感のあった決勝で、非常に印象に残っています。

Q. どんなところが柳沢選手の特徴であり「自分らしい」プレーだと考えていますか?

A.自分自身で何かをするというよりも、周りに活かされながら、自分が活きていく、というタイプなので、周りとのコンビネーションが大事です。それがうまくいっているときは、自分自身が目立っていることだと思います。どう動いたら、ボールに触れるか、ということは常に考えていますし、そういうプレーができているときが一番楽しいですね。

みんなが望んでいるのはゴールだということは、十分理解していますし、それを求めていかなければならないとは思っています。

Q. 海外でプレーをしたいと思うようになったのはいつ頃からですか?

A.いつ頃から、というのは覚えていませんが、サッカーをやっていている以上、より高いレベルでというのはありました。日本国内だけでやっているだけでなく、一度外でやってみたいという気持ちは常にありました。

Q. イタリア以外の国で行ってみたいところは?

A.現時点ではないですね。

Q. ホームで迎えた前回のW杯と、アウェイで迎える今回のW杯で気持ちに変化はありますか?

A.やはりW杯って特別なイメージがあります。ただ、日本で行われたのは、別の意味で異様な雰囲気があったので、まだ本当のW杯を経験していないまま終わってしまったという感じがしています。2006年のドイツでの大会というのは、僕の描いていた本当のW杯が体験できる場だと思いますし、目の前に少しでもチャンスがあるなら、そこを目指していかなければならない。今の状況から考えて、非常に厳しいのは自分でも分かっていますけど、何とか(出場したい)という気持ちでいます。

Q. ジーコ監督は、どのような人(存在)ですか?

A.鹿島というチーム自体を築いた人だと思います。ジーコの考えるサッカー論をここで学んで、今までにいろんなポジションを築けてきたと思っています。ある種、ジーコイズムみたいなものが自分の中に流れていると思います。

ですので、監督のことは理解しているつもりです。逆にジーコも僕のことを長く知っている分、ごまかしが利かないので、下手なプレーをすれば、すぐにばれてしまいますしね。うまくごまかすことは重要だと思っているのですが、ごまかしも全く通用しないですね。

ジーコ監督から教わったことは、僕にとってマイナスなものは一つもなかったですし、むしろ影響を受けてきたところが大きかったので、だからこそ信じられる部分があります。なおかつ、ともに戦いながら、いい結果を残したい、という情みたいな気持ちもあります。

Q. 怪我をされて、心配しているファンもたくさんいると思います。怪我をした時に、どうやって前向きに気持ちを切り替えましたか?

A.考え方としては、起きてしまったことはどうすることもできない、ということですね。「じゃあ今、何をするの?」といえば、リハビリを一生懸命することしかないですよね。怪我の具合からして、(W杯出場の)可能性がないわけではないですから、なるべく早く治すことを考えています。あまり深く考えず、単純に考えるようにしています。

Q. 最近、毎日のように柳沢選手の怪我の回復に関する記事が新聞などに載っています。復帰に向けての意気込みが伝わってきますが、どのような心境ですか?

A.いつもそういう(強い)気持ちでやっているつもりなのですが、今回は怪我についての記事が新聞に出る回数が多くなってしまって、いいのか悪いのかという部分はあります(笑)。ただ、報道してもらえるということは、非常にありがたいです。報道によって状態を知っていただくこともできますから。応援していただいている方々に、常に元気な姿を見せなければいけない、とも感じています。(みなさんの期待に)応えていかなければならない。それはやっぱり、W杯に出ることだと思いますし。今は、大事な一日一日だと思っています。

ただ(注目されるのは)なんか変な感じ(笑)。「何で怪我して注目されるんだろう?」と。それまでは全然だったのに、という部分はありますよね。

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